キッシンジャー氏は、22年5月のダボス会議にオンラインで出席した際に、ウクライナ情勢について語った。それが誤解され、キッシンジャー氏がウクライナに領土の割譲を求めた、と報道された。ウクライナ政府がいち早く反応してキッシンジャー氏を非難する発言をしたため、大騒ぎになった。
私が『フォーサイト』で書いたのは、キッシンジャー氏は、領土の割譲を求めていない、ということであった。同氏の書物は難解だ。実は話し言葉も難解である。学者が見て単語の選択が正確すぎるだけでなく、言葉のニュアンスに非常に配慮が行き届いているため、結果的に普通の文章としてはわかりにくくなる。
しかしキッシンジャーの著作群を知る者には、ダボス会議で同氏が述べたことは、「領土を割譲すればいい」といった単純なことではなかったことがわかったはずだった。
ロシア・ウクライナ戦争:「領土問題が終結のカギ」はなぜ間違いか:篠田英朗 | 「平和構築」最前線を考える | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
将来に亘ってロシアの侵略を防ぐことが重要なウクライナにとって、領土割譲で戦争に決着がつくとの声ほど的外れなものはない。必要なのは「ウクライナの個別的自衛権を行使する実力」による抑止を、NATO構成諸国はじめ国際社会が保障する体制だ。
キッシンジャー発言再考:ウクライナ問題解決の「正統性」と「勢力均衡」:篠田英朗 | 「平和構築」最前線を考える | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
5月のダボス会議でのキッシンジャー発言は「ウクライナの領土割譲を容認」という誤解を生んだ。これについてキッシンジャーは、7月の独「Spiegel」誌によるインタビューで明確に否定した上で、平和構築に必要な「正統性」と「勢力均衡」のあり方を説いている。
キッシンジャー氏は、戦争の現実をふまえた上での新たな「正当性と均衡性」の構築が必要だ、という極めて理論的なことを述べていた。これは19世紀ウィーン会議の研究でハーバード大学で博士号を取得したときからの一貫した同氏の着眼点である。キッシンジャー氏は、百歳まで生きた生涯をかけて、このことを語り続けていた、と言っても過言ではない。