1991年の時点の領土的一体性の維持は、国際法上の裏付けがあり、この「正当性」を無視した紛争解決は、安定性を確保できないだろう。しかし「正当性」を振り回すだけでも、解決はもたらせない。「正当性」の裏付けは、計算された「力の均衡」によって確保されなければならない。
ロシアとウクライナの間の力の非対称な関係が、NATO諸国の国際支援とウクライナの2014年以降そして2022年以降の軍備強化によって、是正される。最終的な紛争解決の形は、この計算式の結果として、生まれてくる。
より具体的に言えば、ウクライナ及び支援国は、領土の割譲を認めることはできないし、認めたところで情勢が安定するとは言えない。しかしだからといって領土を武力で奪還できるまで戦争を止めてはいけない、とはキッシンジャーは言わない。力の均衡が成立する点を見極める際、ロシアの計算式よりもウクライナに有利な修正が施されるだろう。しかしそれは、あくまでも「力の均衡点」のことである。「現実を何とか正当性にあわせるためにどこまでも戦争をする」ことではない。
さらに具体的に言えば、朝鮮半島、カシミール、キプロスなど、紛争当事者が領土問題に合意しないまま達成されて維持されている停戦合意は、世界に多々ある。というか、停戦合意というのは、通常は、そういうものである。一方的な主張も、一方的な譲歩も、紛争解決に役立たない。ポイントは、力の均衡点を見つけ出し、それを正当性の原理と、何らかの修正を持って結びつけていくことである。
現在進行中のロシア・ウクライナ戦争が、世界の他の戦争、あるいは調停されてきた歴史上の戦争と異なっているのは、当事国及び深い関与をしている支援国群が、「勝たなければいけない」の原理主義的立場を取り、「力の均衡」を見出す努力を放棄している点である。
これは過去の歴史で言えば、二度の世界大戦のように全面戦争の末、どちらかの紛争当事者の完全敗北に至るまで続いた戦争のパターンであると言ってよい。それとは対照的に、キッシンジャーは、米中和解、ベトナム戦争の終結、などの外交成果を、「正当性と均衡性」の視座にもとづく計算式を精緻化する能力で、達成した人物である。