空前の規模の貿易赤字を抱えるアメリカに最も大きな赤字を作らせているのは、中国だ。次にメキシコ、ベトナム、といった新興国が並ぶ。自由主義諸国の結束を維持して冷戦体制を勝ち抜くことや、自国の勢力圏を持たない諸国が不満を募らせ過ぎないようにする、といった政治的な配慮は、もはや時代遅れになった。購買力平価GDPではすでにアメリカよりも巨大になっている中国が、アメリカに貿易赤字を作らせているのだ。そしてかつては気を遣う対象だったかもしれない小国が、アメリカに巨額の貿易赤字を作らせているのだ。

この状況においてなお、「アメリカは自由主義陣営の指導者だ、どれだけの赤字を抱え込んでも決して何もしない」、とアメリカ人に言い続けさせるのが至難の業であるは、仕方のないことだと思う。アメリカの大統領の「何かしなければいけない」という焦り自体は、決して理解できないことではないはずだ。

もちろん経済学者の大多数は、だからといって高率関税を大々的に導入してみても、アメリカの製造業の復活につながるかはわからない、と主張している。そうかもしれない。ただ、トランプ大統領は、主流派の新古典派的な経済学者に、特に深い敬意も尊敬も、持っていないだろう。

それどころか「MAGA:アメリカを再び偉大にする」とトランプ大統領が言い続けるとき、念頭に置いている19世紀のモンロー・ドクトリンの時代のアメリカは、高率関税が平準化していた時代のアメリカである。トランプ大統領は、平均50%の関税を導入したと言われる「マッキンリー関税」で有名なマッキンリー大統領の時代を、アメリカが最も偉大だった時代、と描写したこともある。(この点については、要点を『TheLetter』に書いて配信した。)

さらにはキャリアのほとんどが21世紀になってからのアメリカの停滞の時代であった、バンス副大統領に代表される40歳台の世代の保守主義者の思想が、トランプ大統領の高関税政策を受け入れる要素も見られているようだ。

なぜ関税強化なのか トランプ政権ブレーンが語る「改革保守」の真意:朝日新聞
 関税強化に突き進む米トランプ政権。それを進言した政権ブレーンの一人として注目を集めるのが、米保守派論客でエコノミストのオレン・キャスさんだ。政権幹部や一連の政策に影響を与えながら、自身は政権には入ら…