そこでトランプ大統領は、ゼレンスキー大統領が選挙をしていない、という点に焦点をあてた挑発をしてきたのだと思われる。選挙が行われていない事実を強調して、まずはゼレンスキー大統領への圧力を高めるためである。加えて、選挙を通じて、アメリカの支援なき戦争継続か、停戦か、を論点にした国民の意思の表明の機会を作り、ポスト・ゼレンスキー時代のウクライナを構想するためである。

恐らくほとんどの日本の評論家・学者・ジャーナリストは、「ゼレンスキー大統領は絶大な人気を誇っているので、選挙で負けるはずはない」と思い込んでいるだろう。その根拠は、戦時中の「大統領を信頼するかどうか」といった曖昧な問いのキーウ国際社会学研究所(親西欧的でオレンジ革命等において役割を担ったとされるキーウ・モヒーラ・アカデミー国立大学[NaUKMA]とValeriy Khmelko教授やVolodymyr Paniotto教授などを通じたつながりを持つ)の世論調査の結果である。だがそのような曖昧な世論調査の結果で、様々な政治勢力がしのぎを削る選挙の結果を占うことには、限界がある。

恐らくトランプ大統領は、ゼレンスキー大統領の勢力以外の政治勢力が、選挙で勝つ可能性が高いと考えているのだろう。そこで「私はウクライナを愛しているが、ゼレンスキーはひどい仕事をした」という立場から、ゼレンスキー大統領を挑発して、選挙実施に踏み切らせようとしている。あるいは戦争を継続してもアメリカの支援はないことを知らせて、選挙が実施されないまま戦争継続努力に動員されているウクライナ国民の不満あるいは不安をかきたてようとしている。

このようなトランプ大統領の態度を、「ゼレンスキー大統領こそがウクライナそのものだ」と信じる層の方々は、絶対に認めない。だがトランプ大統領にとっては、政策目標の達成にあたって、合理的な必要性が認められる手段である。

現在の論点は、トランプ大統領は悪魔プーチンの陰謀に篭絡されたといった類のことではない。