なぜロシア領への攻撃が、「勝利計画」の根幹をなしているのか。ゼレンスキー大統領が「心理戦」による形成挽回を目論んでいるからだ。

すでにゼレンスキー大統領は、クルスク侵攻作戦が「勝利計画」の一部である、という見解を披露している。なぜかと言えば、クルスク侵攻作戦を通じて、プーチン大統領が自国民を守らない人物であることが明らかになったからだという。

ロシアの安全を守っているというプーチン大統領の神話は、ウクライナの攻撃によって傷つけられる。特にロシアの一般市民に被害が及ぶ攻撃によって、プーチン大統領への信頼感は消滅する。ロシア国内に政権批判の声が高まると、厭戦気運も高まる。焦ったプーチン大統領は、ウクライナから撤退せざるをえなくなるだろう。

ゼレンスキー大統領は、このような楽観的な仮説にもとづいた「心理戦」の計算に基づいて、ロシア領の攻撃こそが、ウクライナが求める「公正な平和」を実現したうえでの終戦への道である、と信じているようである。

ゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナの人々は、2年半にわたり、あるいはそれ以前から、力の限りを尽くして、ロシアは悪魔だ、という思想を普及させることに多大な努力を払ってきた。

中でもプーチン大統領は、悪魔の中の悪魔だ。ロシア国民が、戦争命令にも付き従っているのは、悪魔の中の悪魔に騙されているからだろう。しかし悪魔もまたウクライナ軍に攻撃されるしかない弱い存在であることがわかれば、魔法が解かれるように、ロシア国民は覚醒し、遂に悪魔が悪魔であることに気づくだろう。

ゼレンスキー大統領の一連の発言には、このような世界観が、色濃くにじみ出ている。

私自身は、このゼレンスキー大統領の見解に批判的である。「心理戦」の見立ては、ロシアの歴史を見ても、論理的な推論をしても、根拠がない。控えめに言って、このような根拠薄弱な「心理戦」への期待に基づいて数万人の兵士を動かし、ロシアの辺境の片田舎の町をロシア軍から守るために犠牲になって倒れることを強いるのは、全く合理性のない行為だ、と考えている。そのことについては、様々な媒体で、何度も書いてきた。