慢性社会的敗北ストレスは父マウスから子へ「精子にのって遺伝する」と明らかに
ごく一部のDNA領域は“リセット”の網をかいくぐるという報告もあり、人間の場合にも同様のメカニズムが存在するのではないかと予想されています。
こうした視点から見ると、シリアの状況はまさに“エピジェネティックの長期的影響”を確かめるのに、ある意味で悲しいほど適した条件をそろえています。
1979年の反乱鎮圧から1982年のHama市攻撃、さらに2011年以降の政情不安と内戦――国全体が四十年以上、ほぼ途切れることなく暴力と恐怖の中にあり、何世代にもわたって家族が避難を余儀なくされてきました。
そんな苦難の歴史をくぐり抜けた人々は、「心の痛み」を超えて、もしかすると「体にこびりつく傷痕」をも抱えているのかもしれません。
そこで今回研究者たちは、シリア難民三世代の家族を対象に、直接的な暴力体験・妊娠期の胎内暴力曝露・祖母の妊娠時期における生殖細胞レベルでの暴力曝露を比較し、DNAメチル化パターンを網羅的に解析することにしました。
暴力はDNAに刻まれるのか? シリア難民が示す世代間のトラウマ遺伝

今回の調査には、シリアからヨルダンへと逃れた三世代の家族48組・合計131名が参加しました。
1980年代に起きた暴力を体験しながら妊娠していた祖母世代、2011年以降の紛争で直接暴力にさらされた母と子ども世代、そして暴力にさらされなかった対照群(16家族)の三つのグループに分けて比較したのが大きな特徴です。
しかも、血液ではなく口腔内の細胞(ほほの内側の粘膜)からDNAを採取したという点もユニークです。
難民キャンプや移動先の地域で、何度も血液を採取するのは難しい場合が多いですが、この方法なら比較的手軽かつ安全に検体を集められます。