「録音された音源を繰り返し聴く」か「譜面を最初から最後まで丹念に追う」かで、演奏の仕上がりや理解のしかたがどのように変わるのか。
謎を解明するため研究者たちは、まず被験者である中級レベルのピアノ奏者を2つのグループに分けました。
1つめは「複数の楽器を弾きこなせる人々(マルチ・インストゥルメンタリスト、以下“Multi”)」。
もう1つは「ピアノだけをメインに学んできた人々(モノ・インストゥルメンタリスト、以下“Mono”)」。
研究チームはこの2グループに、古典からバロック期にかけての小品4曲(バッハ、クラーク、ベーム、そしてレオポルト・モーツァルト)を準備しました。
そして一部の曲は「耳で学ぶ」練習法(録音音源をひたすら聴く)を中心に、もう一部の曲は「譜面を読む」練習法を中心に、それぞれ計7日間取り組んでもらうように設定したのです。
5日間かけて徹底的に「聴く」か「読む」かに集中し、最後の2日間だけはどちらの曲も実際にピアノを弾いてチェックするという流れでした。
研究者たちはこの“仕分け”によって、耳からの情報が脳に残る痕跡と、譜面から得る情報が脳を活性化させる仕組みをできるだけ区別しようと考えたのです。
さらにユニークなのは、“わざとフレーズを入れ替えた音源”を最終テストに使ったことです。
例えるなら、小説の段落が入れ替わってしまって物語の流れが怪しくなるような状態を、音楽でも再現しました。
具体的には「Aメロ→Bメロ」と続くはずの部分を「Aメロの一部→Bメロの一部→またAメロ…」というふうに、ちょっとだけ組み替えてあるのです。
フレーズ自体は正しいメロディなのに、全体を通して聴くと「なんだか妙に感じる」──パズルのピースが微妙に嵌まっていないような、不自然な雰囲気が漂います。
この不自然さに気づけるかどうかを調べることで、曲の文脈やフレーズ構造をどの程度脳内で把握しているかを評価できるわけです。