アジアでは余剰人口が多く賃金が低かったため、労働集約的な技術が主流で、資本が蓄積されないので付加価値が小さくなり、賃金が低くなるので消費が少なく、このために市場が拡大しない。これを打ち破るためには、労働集約的な技術から資本集約的な技術に経済を転換するビッグプッシュが必要だった。
田中角栄が財政投融資計画を活用して行なった公共事業や通産省のターゲティング政策は、結果的にはこうしたビッグプッシュの役割を果たしたといえる。東海道新幹線や東名高速などの投資収益率は、民間よりはるかに高かった。
開発主義は「幼稚産業」を育成して重工業化を進めるには適している。社会主義がロシアや中国のような後進国で成功したのも、それが短期的な採算を無視して資本蓄積をおこなう開発主義だったからである。
田中角栄のかけた「開発主義の呪い」
高度成長を支えたテレビや高速道路や新幹線をつくったのは、田中角栄だった。彼が議員立法で40本も法律をつくった記録は、いまだに破られていない。日本の政治家のほとんどが官僚のつくった法律に文句をつけるだけなのに対して、角栄は憲法の理想とするlawmakerとして、ずば抜けた能力を発揮したのだ。
しかし経済が成熟してK*を超え、収穫逓減の定常状態になった場合は、開発主義をやめる必要があるが、官僚機構がその権限を手放すことはまずない。大プロがなくなった後も、日の丸検索エンジンやエルピーダなどに数百億円の国費が使われたが、すべて失敗した。そして最大の失敗となることが確実なのは、10兆円を投じるラピダスである。
ラピダスにまで受け継がれる開発主義は角栄が生み出し、通産官僚が受け継いだ亡霊である。エスタブリッシュメントに利用されて抹殺された角栄は、日本経済に開発主義という呪いをかけて死んでいったのかも知れない。