ウクライナにとって、多大な犠牲を払ってロシアの過疎地帯の国境の町スジャの支配に固執する軍事作戦には、合理的な利益がない。しかし11月下旬の時点での支配地域の関係が、停戦合意に大きく影響するということであれば、機械的に支配地域面積を広げておきたい(領土交換の交渉に使いたい)、と考え付きたくなる動機も働いたという指摘は、間違いではないのかもしれない。
もっともロシア領内過疎地域も含めてウクライナ支配地域面積を広げて、何とか11月まで維持するという試みも、現在の軍事情勢では困難だろう。ロシア側から見ると、スジャ近辺のウクライナ軍の存在は、あまりにも小さいため、これを駆逐するまでは交渉を始めないだけだと思われる。
もしそれに対抗して、ウクライナが、軍事的利益を度外視して、スジャの維持に固執し続けるならば、東部戦線への悪影響が、さらに広がるだけだろう。
上記のバンス発言に関して、NATOへの非加盟について述べるならば、2年半にわたる戦争をへてなおウクライナはNATOに加盟しておらず、NATO諸国はウクライナへの直接介入を避け続けている。仮に停戦が果たされても、近い将来にウクライナがNATOに加入できる可能性は著しく低い。
NATO非加盟を、停戦合意時に謳うかどうかは、多分にウクライナ国内政治情勢の見込みによる。つまりゼレンスキー政権が維持されるかどうか、である。戒厳令下で選挙が実施されないため、現状ではゼレンスキー大統領以外の人物が戦争を停止させる権限を行使する可能性がない。しかし負荷がかかりすぎれば、非制度的な状況をへて、ゼレンスキー政権が倒れる可能性も視野に入ってくることになるだろう。
ウクライナでは憲法がNATOとEUの加入を目指すことを規定している。他方、NATOの新規加盟の承認には全ての現加盟国の同意が必要となるため、アメリカなどがウクライナのNATO非加盟を約した停戦合意の保障国になれば、それでウクライナのNATO加盟の可能性はなくなる。実態としてのウクライナ非加盟の停戦合意への挿入については、制度的かつ文言上の調整が要請されることになるだろう。