BRICSサミットを、あえてタタルスタン共和国の首都カザンで開催するのも、こうした政策的方向性にそってのことであろう。タタルスタン共和国の400万人の人口の半数以上は、「ヴォルガ・タタール人」である。基本的にイスラム教徒だ。そしてクリミアの「クリミア・タタール人」とも歴史的な親和性がある。イスラム教徒を取り込んだ多民族・多宗教国家としてのロシアの性格をアピールし、その方向性でクリミアまで位置付ける狙いだろう。
さらにカザンは、ロシア有数の河川であるヴォルガ川沿いに発展した町だ。ヴォルガ川は、カスピ海に流れつく。カスピ海の対岸に位置する地域大国イランとの結びつきを強め、インドにまで到達していくのが、「南北輸送回廊」構想だ。
2002年5月に、ロシア、イラン、インドが、この「南北輸送回廊」計画に署名した。その後にカスピ海沿岸国のアゼルバイジャンなども、計画に参加するようになっているが、当初の3カ国が基盤だ。今年になってイランがBRICSに加入したことにより、BRICSが「南北輸送回廊」を推進するプラットフォームにもなる形となった。
米国主導の「覇権主義」的な国際秩序と距離を置き、「多元主義」を掲げるBRICSは、反グローバリズムの傾向で、意外な結束力を持つ。もっとも上述のロシアが追求する政策は、自国の思想風土に根差した「新ユーラシア主義」の性格も持っている。これはたとえば中国の一帯一路と、自然にいつも合致するわけではない。他のBRICS構成国も、やはり異なるそれぞれの地域の秩序観を持っている。そのような「多元主義」的な性格を維持したまま、BRICSの結束も保っていけるのか、今後の注目点だ。
なおBRICSが標榜する「多元主義」の世界観は、「大陸系の地政学理論」の伝統にそったものだ。「英米系の地政学理論」にそって「海洋国家」と「陸上国家」の世界的規模での対立構造を強調するのではない。「大陸系の地政学理論」は、地域それぞれの「圏域」の併存を重視する思想伝統に拠って立つ(篠田英朗『戦争の地政学』(2023年、講談社現代新書)参照)。