なぜこの研究が革新的なのか?
第一に、多世代にわたる追跡は人間社会では非常に難しく、大規模な家族集団を対象に「直接的・妊娠期・生殖細胞レベル」という異なる暴力曝露を比較した事例はきわめて珍しいからです。
第二に、DNAのメチル化は“リセット”されると考えられてきたのに、祖母が体験したトラウマが娘や孫の世代で同じ部位に刻まれていたことは大きな驚きでした。
これらの結果は、「遺伝子配列が変わるわけではないのに、環境からのシグナルが世代を超えて遺伝のように伝わり得る」という新しい仮説を、より強く支持するものとなっています。
これまで「脳や心理の問題」として捉えられてきたトラウマが、DNAの化学的なタグを通じて次世代に受け継がれていくかもしれない――その可能性を、実証的に示した点こそが、本研究の最も革新的なポイントなのです。
トラウマ遺伝の衝撃と限界:私たちは何を学ぶべきか

今回の研究結果は、暴力によるトラウマが次世代へと受け継がれ得るという考えを、具体的なDNAメチル化の変化として示唆するものです。
とはいえ、この発見がすぐに「トラウマは必ず遺伝する」と断言する根拠になるわけではありません。
たとえば、“祖母の体験した恐怖が孫に伝わる”ことを説明する上で、メチル化による世代間継承が唯一のメカニズムとは限らないのです。
親世代の子育てスタイルや生活環境、社会的影響もまた、子どもの精神状態や体の反応に大きく関わります。
さらに、DNAの配列自体が変化したわけではないため、トラウマの痕跡がどこまで健康や行動に影響を及ぼすのかは、まだ見通せません。
実際、動物実験では「ストレスに強くなる」方向に働く場合があるとも報告されており、メチル化の変化は“悪い結果”だけを意味するわけではありません。