すべては「見える」環境だからこそ成立する視覚に訴える戦略が、南の海では進化によって洗練されてきたのです。
さらに興味深いのは、ある種の魚たちが、成長とともに体の色を大きく変えていくことです。
たとえばスズメダイやベラの仲間には、幼魚と成魚でまったく異なる色を持つ種類が多く知られています。
幼い頃は周囲の群れや岩陰に紛れるような控えめな色合いで過ごし、やがて成熟すると、縄張りを持ち自己を主張する必要から、鮮やかな色彩へと変化するのです。
また、性別の変化に応じて色が変わる魚もいます。
ベラやブダイの一部の種類では、成長に伴って雌から雄へと性転換を行うことがあり、それにともなって体の色や模様も大きく変わります。
こうした色の変化は、その個体の社会的な立場や役割の変化を、周囲に伝えるための信号としても機能しているのです。
一方冷たい海や深海のように、光がほとんど届かない環境では、そもそも色を見せるという手段が使えません。そうした場所では、魚たちは目立つ必要もなく、地味な色を選び、視覚ではなく触覚や音、動きといった別の方法でコミュニケーションを取っています。
環境が変われば、使われる言語も変わります。もし熱帯魚が「カラフルな衣装をまとったパフォーマー」だとすれば、暗い場所の魚は「静かな舞台でしぐさを磨いた演者」と言えるのかもしれません。
派手な魚たちにとって、色は恋の武器であり、敵への警告であり、仲間への合図です。
透明な海と派手な魚――その裏にある静かな“生存のドラマ”を知れば、水族館や海の景色も違って見えてくるはずです。
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元論文
Communication and camouflage with the same ‘bright’ colours in reef fishes.
https://doi.org/10.1098/rstb.2000.0676
Distance–dependent costs and benefits of aggressive mimicry in a cleaning symbiosis
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2004.2904