それは構わないが、これではなぜ「戦時日本」をドイツ版の「社会国家」で理解しなければならないかの説明にはなっていない。
かりに研究成果をドイツ語で表現するのならば、問題は少ないかもしれない。なぜなら、ドイツとは異なり、日本語の「社会」と「国家」は概念的に組み合わせを困難とする社会学的伝統が生きているからである。
同時にピケティだけではなく、フランス語系の「社会国家」(État social)もまた、歴史的な「福祉国家」(État providence)との相克を乗り越えざるをえない段階にあるから、ドイツ語系のSozialstaatとは一線を画す概念なのだと思われる。
ドイツ語Sozialstaatとフランス語État providenceの違いは解消されるか
おそらく、このドイツ語Sozialstaatとフランス語État providenceの違いは解消されないだろうし、結果的に派生概念としての翻訳語「社会国家」は、日本語の文脈では「社会」と「国家」を単純につなげることを良しとしない文化的伝統の中で、言葉としても宙に浮くことになる。
5. 日本語では「社会国家」ではなく「国家」がふさわしい
戦時国家日本は「社会国家」なのか
戦時国家日本をあえて「社会国家」として命名した高岡が使った際の留意事項の筆頭は、いろいろな政策が混在しているので、そこでの「『社会国家』構想は必ずしも同一ではな」(同上:19)かったことにある。
確かに「近年の福祉国家研究では、日本の福祉国家・社会保障制度の『骨格』や『原型』が戦時期に形成された」(同上:18)とはいえても、それは「福祉国家」の「原型」なのであり、日本語表現のなかで自動的に「社会国家」へと導くものではない。
「社会国家」ではなく 「国家」で意味が通じる
さらに複数の「社会国家」構想の源流として高岡が持ち出した、陸軍=小泉が目指した「衛生主義的社会国家」(同上:21)、大河内一男の「生産力主義的社会国家」(同上:21)、人口学的「民族-人口主義的社会国家」(同上:22)、そして「保健医療政策に主軸をおいた健兵健民政策を軸とする社会国家」(同上:22)の4種類の歴史的事実は貴重ではあるが、単なる「国家」という表現で十分である注17)。