ブームにもなった「アドラー心理学」は、部下育成にも応用できる。その方法は、常識的な部下指導法とは真逆だが、自ら動く、自立・自律した部下を育てるものだという。アドラー派の心理カウンセラーでもある組織人事コンサルタントの小倉広氏に話を聞いた。(取材・構成:長谷川 敦)
※本稿は、雑誌『THE21』2020年11月号より一部抜粋・編集したものです。
大多数が勘違いしている自律する部下の育て方
アドラー心理学の創始者であるアルフレッド・アドラーは、19世紀末から20世紀前半にかけて活躍した心理学者です。同時代を生きたフロイトやユングとともに「深層心理学3巨頭」と呼ばれ、それぞれが共同研究を行なった時期もありました。
フロイトやユングの関心が精神疾患を抱えている人の治療であったのに対して、アドラーの関心は予防としての子育てや子供の教育へと向かいました。その考え方や方法論は、職場における部下育成にも十分に活用できると私は考えています。
アドラー心理学が目指していることの一つに、「困難に直面したとき、勇気を持って困難を克服できる人を育てること」があります。ビジネスの現場は困難の連続ですから、皆さんも自分の部下をそんなふうに育てることができたなら理想的だとは思いませんか。
では、どうすればそうした部下を育てることができるのでしょうか。
アドラー心理学の理論に基づいた部下育成の要諦をひと言で言うなら、「褒めない」「叱らない」「教えない」教育を徹底することです。
皆さんは、普段、部下を褒めたり、叱ったり、教えたりしながら育てようとしていると思いますが、実はまったくの逆効果なのです。
なぜ、部下を褒めてはいけないのか?
アドラー心理学では、相手を「褒める」のではなく「勇気づける」ことを重視します。
ここで言う勇気とは、困難を克服するためのエネルギーのことです。私たちが困難に遭遇したときに、誰かに責任を押しつけるなどして、正面から問題に向き合おうとしないのは、エネルギーが欠如しているからだとアドラー心理学では考えます。
「褒める」というのは、例えば部下が目標を達成したとき、「よくやった、偉いぞ」とか「すごいじゃないか。たいしたもんだ」と言うことです。一方、「諦めずに最後まで頑張ったね。私も嬉しいよ」「チームを引っ張ってくれてありがとう」といった声かけは、「勇気づけ」になります。
「褒める」とは、相手が自分の期待を成し遂げたときに、結果を評価し、相手を操作する行為と言えます。部下が目標を達成できなかったときには、上司は部下を褒めません。
「勇気づける」では、結果ではなくプロセスに目を向けます。ですから、たとえ部下が結果を残せなかったときでも、「今回は残念だったけど、最後まで諦めずに頑張っていたよね」というように、勇気づけることは十分に可能です。
アドラー心理学が「褒めてはいけない」と考えるのは、褒めることで部下を動かそうとすると、部下は常に上司の評価を気にし、褒められるために行動するようになるからです。褒められないことについては、そこに解決すべき課題があったとしても、取り組もうとしません。
日頃から上司に勇気づけられている部下は、「私は物事を成し遂げるために、最後まで頑張ることができる」といった自己有能感や、「私は自分のことは自分で決めることができている」という自己決定感が育まれます。
すると、上司に評価されるかどうかではなく、自己決定した目標に対して、自分の意思で自らエンジンをかけて行動することができるようになります。
その結果、困難を克服し、チームの仲間や顧客に貢献できたら、それがまた大きな喜びとなり、困難に立ち向かうためのエネルギーである勇気がさらに充足されていくのです。
「叱る」代わりに課題解決に「協力する」
「叱る」ことは、アドラー心理学では「勇気くじき」に他ならないと考えます。
「叱る」とは、相手のやっていることにダメ出しをして、相手を操作しようとすることです。すると、叱られた側の自己有能感や自己決定感が減退します。叱られてばかりいると、勇気がどんどん減っていくわけです。
では、叱る代わりにどうすればいいのでしょうか。
「協力しなさい」というのが、アドラー心理学の答えです。
例えば、営業成績が振るわない部下がいた場合、上司が「それじゃダメだ。違うだろう」と叱りながら部下にやらせるのではなく、部下自身がどうやればうまくできるようになるかを自分で考えながら問題に取り組み、それに上司は協力する、というスタイルを取るのです。
協力は、三つのステップを踏んで行ないます。
第1のステップは、上司と部下の間での「目標の一致」です。相手が営業成績の振るわない部下だとすれば、双方が合意できる目標は「営業成績を上げること」になるでしょう。
目標が一致したら、目標達成のための具体的な方法はなるべく部下に任せます。
共にメジャーリーガーだったイチロー選手と松井秀喜選手のバッティングフォームがまったく違っていたように、目標達成のための最適なアプローチは人により異なります。上司が自分のやり方を得意分野や価値観の異なる部下に押しつけても、うまくいくわけがありません。
第2ステップは「許可を取る」です。
目標達成への進捗状況について部下と話したいときには、「例の件について、少し話す時間を作ってもらっていいかな?」というように、必ず部下から許可を取るようにします。その目標を達成しなくていけないのは部下自身であり、上司はサポートをする立場にすぎませんから、上司と話し合いの時間を持つかどうかも、部下自身に判断させたいからです。
そして第3ステップでは、「あなたが目標を達成するために、私に何かできることはありませんか」と、協力を申し出ます。
このときに部下から、「こういう方をご存じだったら紹介してくれませんか」と言われれば紹介してあげればいいし、「こんな場面では、いつもどうされてきましたか」と聞かれれば、自分の経験談を話せばいいでしょう。
大切なのは、要望があったことについてだけ協力することです。もし部下が「今の段階では、自分一人で頑張ってみます」と言ったなら、任せて見守る。それも立派な協力です。
そして、結果についても、きちんと部下自身に責任を取らせます。例えば、「結果が出せなかったら担当から外れてもらう」とあらかじめ部下と合意をしたうえで課題に取り組ませるというのも、責任の取らせ方の一つでしょう。