(c) & TM DC (c) 2024 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.
【映画レビュー『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』】カラフルで無機質、喜劇で悲劇-恋と音楽に彩られ狂気が増幅した、現代SNS社会を映すようなカオス【ジョーカー2】
ヒロイン役には圧倒的な存在感を放つレディー・ガガを加え、ところどころでその歌唱力を活かしたミュージカル的なエッセンスが加わったことで、その想像の世界の彩りには広がりが生まれ、さらなる「劇」色が見られるのも今作の特徴である。(ちなみに、劇中で引用・オマージュとして大きく取り上げられる映画は『バンド・ワゴン』(1953)。予習に鑑賞するなら今作をオススメしたい。)
“見てもらえる自分”になろうとする思考
勝手な“虚像”を作り上げて崇拝・妄信状態に陥り、勝手に盛り上がったり失望したりする大衆という構図は、芸能人・有名人のニュースやスキャンダルでもよく目にする。孤独な出自を持つアーサーがまんざらでもない様子なのがさらに良くない方向に向かわせているが、これは現代社会におけるタレントやインフルエンサーにもいえることではないだろうか。

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“ありのまま自分を見てもらう”のではなく、“見てもらえる自分になろうと無理する”という選択が、ほつれやストレス、トラブルを生み、負の連鎖につながっていく。奇妙な作風、誇張された作風ではあるものの、これは自分を無理に偽って持ち上げられることで精神を疲弊(ひへい)させている人々を見事に映した物語とも受け取れる。
あくまで“新解釈”をつらぬくジョーカー像
1作目でも、「知っているジョーカーじゃない」という声はあった『ジョーカー』。今回は前作以上に、DCコミックスのジョーカー像とは切り離して考えなければならないと強く感じる作品だ。
“ジョーカー”像を期待するだけ意味がなく、“そこに固執して観ると損”とすら思えるシリーズであるため、レディー・ガガが“謎の女性リー”として“新解釈キャラ”であることを大きく打ち出していることもあり、ジョーカーについても改めて“新解釈のオリジナルストーリー”であることを前提に楽しみたい作品だ。
