まさかの展開に息を呑んだり、衝撃的な挙動に言葉を失ったり、予測不能でブラックなハプニングに吹き出したりしながらも、そこには我々の日常のすぐそばにありそうな、さまざまな人々の個性が丁寧につむがれており、まさに多種多様な“人間のあり方”を観察しながら作り上げた、“人間図鑑”といえるような映画として仕上がっている。人生に手本などなく、どんな人間にもそれぞれの正しさや行動理念があり、それぞれの人生が滑稽で衝撃的な物語となり得ることを、『憐れみの3章』は再確認させてくれた。
表情の機微で魅せる俳優たち

エマ・ストーン(©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.)
ランティモス監督からの絶大な信頼を得て『女王陛下のお気に入り』『哀れなるものたち』に続き今作でも出演したエマ・ストーンのほか、ジェシー・プレモンス(『シビル・ウォー アメリカ最後の日』)、ウィレム・デフォー(『ライトハウス』)、ホン・チャウ(『ザ・メニュー』)、マーガレット・クアリー(『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』)など、過去にも一度で強い印象を与える役をこなしてきた名優たちが一堂に会し、それぞれが複数の役を演じ分けた『憐れみの3章』。
1本の映画で同じ人物が異なる人物を演じたことは、“今作の登場人物を特定の誰かとして認識させず、ありふれたひとりの人間として扱っている”と解釈することもできるし、“誰もがパラレルワールドのようにさまざまな人生を歩める”と解釈することもできるし、“最高のキャストが色々な演技を見せてくれるから味わってくれ”と素直に受け取ることもできよう。

ジェシー・プレモンス(©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.)
兎にも角にも、これだけ豪華な演技派俳優たちがこぞって複数の役柄を見せてくれることは今作の大きな魅力。特に今作には、そこまで表情が変わっているように見えないのに、その些細な変化や視線、佇まいで感情を表現することに長けた俳優がそろっている印象がある。衝撃的な作風にもかかわらず、そこだけに心を奪われずに演技も楽しめるのは、途中でそれぞれの役柄が変わる形式と、衝撃的な要素に負けない印象的な演技を残せる彼らの才能ゆえだろう。