(19)「人口政策確立要綱」は……「農本主義的色彩の強い民族-人口主義的『社会国家』構想であった」(同上:270-271)。
(20)「民族=人口政策は失速したとはいえ、アジア・太平洋戦争が民族意識を高めたことにより、民族-人口主義的『社会国家』構想そのものはアジア・太平洋戦争下にむしろ強化されることになる」(同上:273)。
これら(17)〜(20)はすべて、「民族-人口政策を優先する戦時国家」でなんら不都合はない。
「小泉厚相により推進された『健兵健民』政策」は「戦時国家」でもよく分かる
(21)全保協・産業組合は……国家的規模の農村厚生事業を展開しようとしていたのであり、いわば組合主義的な『社会国家』が目指されていた」(同上:289)。ここでも「全保協・産業組合の影響力が強い国家」でも不自然さはまったくない。
(22)「国民厚生団構想は厚相となった小泉が目指そうとした戦時『社会国家』の原型を示すもの」(同上:295)。「戦時国家」でも十分わかる。
(23)アジア・太平洋戦争下に展開された国民皆保険運動=国保組合普及運動は、単なる医療保険組織の普及運動ではなく、『健兵健民』政策=戦時『社会国家』の基盤創出を目指す運動だった」(同上:311)。ここでも「戦時国家」が使える。
(24)「小泉厚相により推進された『健兵健民』政策=戦時『社会国家』の著しい特質」(同上:322-323)。(23)とともに、「戦時国家」で差支えない。
(25)「健民修練や『国民体育』のあり方には……戦時『社会国家』の一面が端的に示されている」(同上:333)。これも「戦時国家」で十分である。
無理して「社会国家」を使う必然性がない
(26)「本書で……(中略)明らかとなったのは、『社会国家』化の論理が決して一つではなかったということである」(同上:336)。それならば、無理して「社会国家」を使う必然性もない。何しろ、「体力の向上」、「生産力の増大」、「民族=人口の増殖」、「農村厚生」、「満州移民で農村社会の再編成」など5つの戦時政策が、政策担当者の合従連衡により次々に打ち出されたのだから。