植物の力で「母乳」を人工生産できるようになるかもしれません。
米カリフォルニア大学バークレー校(UCB)はこのほど、植物を遺伝子操作することで、本物のヒトの母乳に含まれている特別な糖類「ヒトミルクオリゴ糖(HMO)」を作り出すことに成功しました。
HMOは非常に栄養価の高い糖類ですが、これまで人工的に製造することが難しく、粉ミルクは近い栄養素を添加しているもののHMOはほぼ含まれていませんでした。
しかし植物からこの糖類が得られることで、本物に近い成分の粉ミルク製造や栄養価の高い大人向けの母乳の開発も可能になると期待されています。
研究の詳細は2024年6月13日付で科学雑誌『Nature Food』に掲載されました。
目次
- 「ヒトミルクオリゴ糖」が体にいい理由とは?
- 植物を遺伝子操作して「ヒトミルクオリゴ糖」を作らせる!
「ヒトミルクオリゴ糖」が体にいい理由とは?
現在、世界の乳児の約75%は生後6カ月以内に、母乳育児の補助として「乳児用調製粉乳」、いわゆる「粉ミルク」を飲んでいます。
粉ミルクは成長期の乳児に必要な栄養素を与えてくれるものの、現時点で本物の母乳と同じ成分を再現することはできていません。
中でも特に人工生産が難しいとされているのが「ヒトミルクオリゴ糖((Human Milk Oligosaccharide:HMO)」です。
そもそも「糖」と一口に言っても、すべてが同じ作りをしているわけではありません。
最も単純なのはブドウ糖や果糖を代表とする「単糖類」で、これはそれ以上分解されない糖質の最小単位となります。
次いで、単糖類が2つ結合すると「二糖類」となり、砂糖や乳糖などがこれに当たります。
そして単糖類が数個〜10個ほど結合したものが「オリゴ糖」で、ヒトミルクオリゴ糖(以下、HMOと表記)はこの一種です。
単糖類がそれ以上くっつくと「多糖類」になります。
言うまでもなく、単糖類が多く結びついたものほど、構造が複雑で人工的に作り出すのが難しくなります。
その一方で構造が複雑な糖類ほど、体への消化・吸収がゆっくりになるため、健康価は高くなります。
(お菓子やジュースに多量に含まれるブドウ糖や果糖は消化・吸収が速いので、急激に血糖値を上げてしまいます)
ヒトの母乳にのみ高濃度で含まれているHMOも、乳児の健康にとって非常に重要です。
その最大の理由はHMOが持つ「プレバイオティクス効果」にあります。
プレバイオティクス(prebiotics)とは、オリゴ糖や食物繊維のような難消化性のものを指します。
難消化性のものは食べても胃や小腸で分解・吸収されず、そのまま大腸まで運ばれるので、大腸に共生する微生物の餌となり、腸内環境を整える整腸効果、食後の血糖値の上昇抑制、肥満予防などの機能を発揮してくれます。
乳児においてもHMOはプレバイオティクス効果を発揮して、有益な腸内細菌の成長を促進し、危険な腸内感染症のリスクを低減するのに役立っています。
しかしながら、HMOの人工生産は不可能ではないものの大量生産は困難であり、産業的な利用はできない状態です。
現時点では大腸菌を使ったHMOの生産方法が存在していますが、生産できる量が少ない上に、毒性のある副産物も生産されてしまい、これを除去するのに多大な費用がかかるのです。
そのため、HMOを取り入れた粉ミルクはほとんど存在しておらず、あったとしてもかなりの高級品になってしまいます。
そこで研究チームは、まったく新しい方法でHMOを人工生産する技術の開発を試みました。
その主役に抜擢されたのは「植物」です。
一体どうやって植物にHMOを作らせるのでしょうか?