うつ症状の強い人ほど「空想」に生きがいを感じていた!

チームはこの仮説を検証すべく、アマゾン社のウェブサービスであるメカニカル・ターク(MTurk)を通じて募集された386名の参加者(18〜72歳、性別・人種の背景は多様)に対して、「うつ傾向」と「空想癖の傾向」を調査し、それが「人生の生きがい」をどの程度感じるかという自己評価との関連を調べました

すると、うつ症状のレベルが高く、空想癖の傾向を持つ人ほど、人生に生きがいを感じる度合いが大きいと判明したのです。

ここで言う空想癖の傾向が強いとは、現実世界とは異なる、想像の世界を生き生きと思い描くことができ、 現実の問題や状況から離れて、想像の世界に没頭しやすい傾向を指します。

また心理学的には物語を創造したり、非現実的なシナリオを詳細に思い描く能力が高いことも指しています。

つまり、うつ傾向が強くても空想することが好きで現実から離れた想像の世界に没頭できる人は、うつ傾向は低いが空想しない人と比べて、人生に意味を感じる傾向が有意に強いことがわかったのです。

うつ傾向の強い人ほど「空想癖」から生きがいを実感できる!
うつ傾向の強い人ほど「空想癖」から生きがいを実感できる! / Credit: canva

キップ氏は「私たちは生き生きとした空想にふける傾向が、生きがいの実感と結びついている証拠を発見しましたが、これはうつ症状のレベルが高い人にしか当てはまりませんでした」と話します。

これに関するキップ氏の見解は次のとおりです。

健康な人あるいはうつ症状の低い人には、私生活や仕事、人間関係を含む現実世界において人生に意味を見出す能力が十分に残されています。

これに対し、うつ症状の強い人は現実世界に意味を見出すことが難しいため、現実に束縛されない空想の世界に人生の意味を見出しやすくなっているというのです。

「空想の世界は現実の状況に制限されることなく、自分を好きなようにコントロールできるため、うつ症状のネガティブ感情から解放されやすいのでしょう」とキップ氏は話します。

空想の世界なら、現実の状況に束縛されない
空想の世界なら、現実の状況に束縛されない / Credit: canva

以上の結果から、うつ傾向の強い人は空想によってメンタルヘルスにプラスの効果が得られる可能性が示されました。

しかし一方で、キップ氏らは「空想は一時的な救済を与えてくれるかもしれませんが、うつ病の根本的な解決策にはならないことに注意すべき」と指摘します。

空想の世界にふけることは結局、現実の問題から遠ざかることを意味し、生活の質や人間関係の悪化を招き、うつ症状をより深刻化させる可能性があるというのです。

「うつ病の人にとって空想にふけることは短期的には意味があるかもしれませんが、それはまた彼らが現実の世界と交流したり、心理療法に取り組むのを妨げるかもしれない」とキップ氏は危惧しているのです。

ただ、この研究が示す傾向は、小説投稿サイトにおいてニートや社畜のような人が、異世界に転生して成功するというストーリーが創作者側に人気が高い傾向を説明しているかもしれません。

もし自分のままならない現実から、ファンタジーの世界へ脱出する物語を空想し、それを作品にすることで生きがいを感じながら、世間からも評価されることになれば、うつ傾向の強い人にとってこれほど好ましい状況はないでしょう。

今回の研究は、空想癖がうつ症状に短期的でもプラスの作用をもたらすことを示唆した貴重な成果です。

どうしても現実との折り合いがつかず、気分がどんどん落ち込んでしまうときは、一度空想の世界に逃げて見るのは有効な手段かもしれません。ただ長期的な解決にならないことは肝に銘じておきましょう。

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参考文献

Fantasy proneness linked to greater sense of meaning in depressed individuals
https://www.psypost.org/fantasy-proneness-linked-to-greater-sense-of-meaning-in-depressed-individuals/#google_vignette

元論文

Meaning through fantasy? Fantasy proneness positively predicts meaning for people high in depression
https://doi.org/10.1080/17439760.2024.2322447

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。