足元でインフレ基調にある欧州の物価動向に注目が集まっている(図表)。ユーロ圏の今年1月の消費者物価指数(HICP、総合)は、前年同期比0.9%上昇と2020年7月以来、久々のプラスに転じた。食品とエネルギーを除くコア指数は同1.4%上昇で、実に15年10月以来の高水準となった。当社も新型コロナワクチン接種と安定的な経済回復によって当面上昇基調は続くとみており、ユーロ圏消費者物価の当社見通しは、21年が前年比0.8%上昇、22年が同1.3%上昇である。
ただし、コロナ禍での消費者物価指数の見方には注意が必要である。まず、一過性の可能性がある。ドイツの1月分消費者物価指数は予想を大きく上回ったが、背景にはコロナ対策としての付加価値税(消費税に相当)引き下げ期間が20年12月に終了したこと、21年1月に自動車燃料に対して炭素税が課せられるようになったこと、最低賃金の引き上げなど一時的な物価押し上げ要素があった。
また、データのゆがみにも留意する必要がある。コロナ禍によって、消費者物価統計の生成と解釈に三つの重要な課題が生じているからだ。第一に、データ収集が難しくなっている。ソーシャルディスタンスや関連規制の導入により、統計機関は実地で物価データを集めにくくなった。代わりにオンラインや電話でのデータ収集を余儀なくされている。第二に、対象品目の変化がある。特にロックダウン期間中、一部の財やサービスが利用できなくなっており、物価を正確に反映できているのか不明だ。第三に、ウェイトをどう変化させるかという問題もある。指標の生成に用いるウェイトは、外食などサービスにかかる交際費が減り、住居関連や食品などへの支出が増えるというパンデミックがもたらした支出パターンの変化を捉えていない。
こうした問題について「消えた品目の価格変動を無視する」「新たなウェイトを毎月見直す」などの調整が必要だ。欧州統計局は20年12月公表の指針で各国の機関に対し、20年の既出データに基づき、21年の支出ウェイトを再調整するよう呼び掛けた。ただし、パンデミック下で支出ウェイトをうまく再調整できるかは不透明だ。また再調整によって数値が相応に変化する可能性もある。
このように「本物」かどうか見分けのつきにくいパンデミック下のインフレ基調は、金融政策をミスリードする可能性をはらむ。欧州中央銀行(ECB)のラガルド総裁は「インフレの心配が必要になるまでしばらくかかる」と発言したばかりで、今のところ金融引き締めに転じる向きはない。しかし、物価上昇基調が続けば金融引き締めをどのタイミングでいかに行っていくか、難しい判断を迫られる。ミスジャッジは許されない。
文・BNPパリバ証券 チーフクレジットストラテジスト / 中空 麻奈
提供元・きんざいOnline
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