香港では、2019年3月末より現在に至るまで民主化運動が続いています。この運動の原因となった「逃亡犯条例」は昨年10月に撤回されましたが、その過程で香港警察の激しい弾圧により多くの負傷者が生まれました。2020年5月には国家安全法の導入も決定され、中国政府による香港への介入は厳しさを増しています。

一方、中国本土では民主化運動すら発起できないほどに言論が統制されており、インターネットの普及に伴い統制の程度も年々厳しくなっています。最近ではゲーム『あつまれ どうぶつの森』が自由度の高さを危険視され流通禁止となったり、ディズニーのキャラクター「くまのプーさん」が習近平主席を連想させるとして規制されるといった例が報道されています。

今回は、中国と香港における表現と自由の規制から、日系企業が受けている影響を検証します。

目次
どうぶつの森、プーさんが"消される"ワケ

香港で規制が強化

まとめ:今後は香港での表現規制にも注意が必要に?

どうぶつの森、プーさんが"消される"ワケ

2020年3月20日に任天堂が発売した『あつまれ どうぶつの森』は、ゲームに登場するさまざまな「どうぶつ」と一緒に無人島暮らしを楽しむゲームです。ゲームの中では島や家を好きなように改造したり、家具や洋服などを自分好みのデザインで製作するなど、高い自由度が特長となっています。

この自由度の高さは香港の民主化運動グループでも話題となり、香港では『あつまれ どうぶつの森』の中で民主化運動の集会が開かれたり、ゲーム内で民主化運動の標語である「光復香港時代革命(香港を取り戻せ、革命の時代だ)」と記されたアイテムが製作されたりと、革命の舞台の一つとして人気を集めました。

この動きを見た中国当局は、当局の規制が及ばないゲームの中という場所で民主化運動が芽生えることを危惧し、中国本土における『あつまれ どうぶつの森』の流通を完全に禁止しました。

また、『あつまれ どうぶつの森』の規制より前から、ディズニーのキャラクター「くまのプーさん」に関する情報は、習近平主席を揶揄する際のモチーフとして使われているとして、中国当局によりインターネット上での情報発信、検索に規制が敷かれています。

中国の検索エンジン「百度(Baidu)」では「習近平」と「くまのプーさん」を同時に入力しても、両者の関連性を示すページは一切表示されません。

同様な政府による規制は他にもあり、有名なものには天安門事件にまつわる数々の単語が挙げられます。中国において天安門事件は、一部の反乱分子が起こした暴動ということにされており、百度で「天安門事件」と入力してもその全容は掴めません。

また、天安門事件が勃発した日付である「8964(1989年6月4日)」と入力しても、「検索結果がありません」と表示されます。

「習近平にそっくり」なだけでアカウント閉鎖

中国当局は特に習近平主席に対する批判や揶揄を危険視しており、「くまのプーさん」のみならず大晦日を意味する「除夕」という単語も中国メディアでは使わないよう注意する姿勢も見られるそうです。これは、「除夕」と「除習」は同じ発音であることが理由で、「習を除く」という意味の揶揄と誤解されるのを避ける意図があるようです。

そんな中、中国のショートムービーアプリ「抖音(Douyin、中国版TikTok)」では、とあるユーザーのプロフィール画像が「規則違反」とされ、アカウントの利用が停止されました。理由は明らかにされていないものの、習近平主席に似ていたためではないかといわれています。プロフィール画像を差し替えたところ、同人物はSNSを再度利用できるようになったと伝えられています。

中国では古くより、皇帝や親など目上の人の名前にある漢字を日常で使わないようにする「避諱(ひき)」という習慣がありました。この習慣は清王朝の崩壊と共に消失したとされていますが、習近平主席を想起させる単語や顔を回避する動きは、「避諱」が現代になお残っているようにも感じられます。

香港で規制が強化

香港では民主化の機運が強まる中、中国政府による政治への介入が少しずつ進んでいます。香港は2047年まで中国から独立した「一国二制度」による自治を敷くと決められていましたが、最早この制度は形骸化したともいえる状況に陥っています。

2020年6月4日、香港では「国歌条例」が可決され、中国の国歌「義勇軍行進曲」に対する侮辱行為が禁止されました。香港で中国の国歌を替え歌にするなど侮辱行為をした場合、最大3年間の禁錮刑と5万香港ドル(約70万円)の罰金が科せられます。

香港では「義勇軍行進曲」を国歌として認めず、スポーツの公式試合などで国歌斉唱をしなかったり、民主化運動のテーマ曲として制作された「願榮光歸香港(香港に栄光あれ)」を代わりに歌う行為が多発しています。今後このような行為には刑事罰が適用されることとなり、侮辱が示す範囲も曖昧であることから、民主派は強く懸念を示しています。

また、国歌条例が制定された前の週には、香港の一国二制度に終止符を打つ法律ともいえる「国家安全法」が制定されました。国家安全法は、中国の国家分裂や政府転覆を企む言動を禁ずるもので、今後の香港における民主化運動は国家安全法を理由に取り締まられる可能性が高まっています。

本来、香港では2047年まで言論の自由や集会の自由が守られるはずでした。しかし、国歌条例や国家安全法が制定された今となっては、これらの自由は風前の灯火となっているといえるでしょう。

日系企業への影響も

ここまで、中国と香港における言論の規制について紹介しました。このような環境下で、日系企業はどのような影響を受けているのでしょうか。

日本貿易振興機構(JETRO)の「香港を取り巻くビジネス環境にかかる アンケート調査」によると、2020年1月から3月にかけて香港における抗議活動の影響を受けた企業は広範囲に及んでおり、中でも飲食業と小売業では全ての企業が「影響がある」または「大いに影響がある」と回答していました。

また、情報・通信およびメディア・広告業においても80%以上の企業が「影響がある」または「大いに影響がある」と回答しており、これら2つの業種は特に大きな影響を受けたことが分かります。

一方、精密および電気・電子機器業、運輸・倉庫業、商社・貿易・卸売業の3業種では半分以上の企業が「あまり影響はない」と回答しており、業種ごとに影響の大小は分かれているようです。

新型コロナウイルスの流行により世界全体で経済が低迷している中、中国や香港で事業を展開している企業は現地当局の規制や民主化運動の余波にも晒されています。特に中国では、インターネットに掲載する文章などに意図しない政府批判が含まれていないか精査する必要があるほか、当局により求められる表現の規制や事業内容の検査にも臨機応変に対応しなければなりません。

そして香港では、店舗を開設している企業は暴徒化した市民から自社の店舗を守らなければならないほか、親中派企業と認定された場合は不買運動に繋がる恐れもあるため、自社のブランディングを慎重に進める必要があります。

中国と香港における新型コロナウイルスの流行は終息を迎えつつありますが、香港での民主化運動の激しさは変わりません。中国や香港で事業を展開する際には、これらの動向を注視しつつ事業を進めることが重要となるでしょう。

まとめ:今後は香港での表現規制にも注意が必要に?

中国のインターネットは検閲が実施されており、政府当局により不適当と判断された物事は全て規制されています。香港は「一国二制度」の下でこれらの規制が適用されず、言論や集会の自由が保証される地域であるとされていましたが、国歌条例や国家安全法の制定により、その立場は崩れ始めているといえます。

日系企業が中国や香港で活動する際には、政府当局の動きに十分注意するとともに、現地で敷かれている規制を理解し、プレスリリースなどを公開する際は規制に抵触しないよう慎重に内容を精査することが大切です。

文・訪日ラボ編集部/提供元・訪日ラボ

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